退職代行ニュースの裏側にある、日本のキャリア教育の限界

退職代行ニュースの背景にある労務問題ガバナンス不全キャリア教育の課題を考察する

“辞めます”と言えない社会をどう変えるか

1. モームリ報道が映した“出口”の現実

警視庁による「退職代行モームリ」運営会社への家宅捜索は、退職代行業界の信頼性を大きく揺るがせました。
弁護士法違反の疑いが報じられ、仮に事実であれば厳正な処分が必要です。労働者を支援する立場の企業が法を逸脱することは、 結果として真に必要な支援のあり方を曖昧にしてしまいます。

一方で、SNSでは「モームリがなくなったら困る」「ブラック企業を取り締まる方が先では」という声も少なくありませんでした。
つまり退職代行は、もはや“特殊な人のためのサービス”ではなく、 「誰でも使うかもしれない出口」として社会に定着しつつあるのです。

今回の問題は、違法行為の有無を超えて―― “自分で辞めますと言えない社会構造そのもの”を映し出した出来事だったのではないでしょうか。

2. 「辞められない」文化の根底にあるもの

日本の職場には、「我慢は美徳」「辞めるのは裏切り」という暗黙の文化が今も根強く残ります。
その背景には、かつての終身雇用モデルの名残があります。企業が「家族のように社員を守る」ことを前提とした構造の中で、 労働者は“雇われる側”として従属を求められ、対等な契約関係が曖昧になっていきました。

こうした雇用慣行の上に築かれたのが、新卒一括採用・年功序列・就職活動教育という日本独特の仕組みです。
そこで教えられてきたのは「選ばれるための努力」であり、「働きながら対話する力」ではなかったのではないかと思います。
結果として、多くの若者が入社後に初めて現実と向き合い、問題が起きてもどう声を上げればいいのか分からないまま追い込まれていくのではないでしょうか。

退職代行は、こうした声を上げにくい社会が生み出した“出口の仕組み”として登場したのだと思います。

3. 現場で見た“対話の欠如”

筆者はこれまで、企業再建や組織改革の現場で経営側・労働者側の双方を見てきました。
給与遅延、ガバナンス不備、責任の所在――。そうした混乱の中でも、社員が自ら事実を整理し、根拠をもって経営と対話しようとする姿を何度も目にしました。

それは単なる抗議ではなく、“雇用契約の当事者”として対話する試みでした。
しかし、こうした行動が日本社会ではいまだ例外的です。弁護士相談や労働組合へのアクセスは心理的・経済的ハードルが高く、制度的支援が十分に機能していません。

その隙間を埋める存在として「民間の退職支援サービス」が生まれたとも言えます。
ただし本質的な解決には、個人が自らの労務リテラシーを高め、企業側もガバナンスを再構築していく必要があります。

4. 「選ばれる教育」から「働く教育」へ

いま問われているのは、教育の在り方です。
日本のキャリア教育は長く「採用されるための準備」に偏ってきました。
自己分析・企業研究・面接対策――。そこまでは充実していても、内定後の“社会への橋渡し”は空白のままです。

多くの学生は「どうすれば選ばれるか」を徹底的に訓練されますが、
一方で「選ばれた後、どのように働くか」「組織の中でどう自分を保つか」という学びはほとんどありません。
つまり、キャリア教育が“企業に評価されるための技術”に終始し、働く当事者としてのリテラシーを育む教育が置き去りにされてきたのです。

本来、社会人になる直前こそが「働くとは」「契約とは」「組織とどう関わるか」を学ぶ最も重要な時期です。
この空白が、就職後に理不尽な環境に直面しても“どう動けばいいか分からない”若者を生み出しているのです。

キャリア教育は“就職のため”ではなく、「働きながら生きる力」を育てるための教育へ転換すべき時に来ています。

5. 「正しいことを正しいと言える」文化を育てる

強い組織とは、上位者の指示に盲従する組織ではありません。
「権利と義務を正しく理解し、理不尽なことに対しても冷静に対話できる関係性」がある組織です。
雇用契約上、経営と労働者は本来対等です。お互いが自分の立場を理解し、根拠と倫理に基づいて意見を交わせる関係が築ければ、組織は確実に強くなります。

“正しいことを正しいと言える”文化を支えるのは、知識と倫理、そして相互尊重です。
これは教育でも、経営でも、社会全体の課題でもあります。

6. 退職代行を「責める」ではなく、「学ぶ」契機に

退職代行モームリの報道は、単なる業界不祥事ではなく、 日本社会が長年見過ごしてきた構造的課題を照らし出しました。

なぜ人は「辞めます」と言えないのか。 それは、個人の弱さではなく、沈黙を前提とする社会構造の問題です。

いまこそ必要なのは、退職代行を責めることではなく―― この出来事から「働くこと」と「教育」の再設計を学ぶこと

企業は「雇う責任」と「対話する姿勢」を、
個人は「契約の当事者として働く力」を。
この両輪がそろって初めて、沈黙の社会から“声のある働き方”へと転換できるのだと思います。

投稿者アバター
後藤 直子
大企業から中小企業まで、多くの現場で“辞めたいのに辞められない”“助けを求められない”という声を聞き続けてきました。制度疲労した組織、仕組みが整わない職場、その狭間で苦しむ人を数多く見てきた経験から、「退職を安全に、そして前向きな再スタートにつなげられる仕組みが必要だ」と強く感じ、リスタート退職サポートを立ち上げました。働く人が安心して次の一歩を踏み出せる社会づくりに取り組んでいます。

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