第2回:「働く時間」のルールって?――「まあ5分くらいなら」を“当たり前”にしないために
前回は、「労働契約=会社とあなたが結ぶ“対等な約束”」というお話をしました。
今回は、その約束の中でもトラブルが多いテーマ、「働く時間(労働時間)」について整理します。
実際に、新卒・第2新卒の方からも、
「残業代が出ていない気がするけれど、これって普通ですか?」
「新人だから我慢するしかないのかな……」
といった相談を受けることがあります。
細かい条文を全部覚える必要はありません。
でも、「ここがおかしいかもしれない」と気づける最低限のポイントは、社会人の“身を守る教養”として知っておいてほしいところです。
そして誰にでもある、「本当は残業なんだけど、5分くらいならまあいいか」という気持ちとの付き合い方も、同じくらい大事なテーマです。
ここでは、① ルールの原理原則と② 気持ちのグレーゾーンとの付き合い方、この両方から「働く時間」をいっしょに見ていきます。
1. そもそも、なぜ「働く時間」にルールがあるのか
まず押さえておきたいのは、「残業代さえ払えば、何時間働かせてもいい」わけではないということです。
労働基準法の目的は、お金のことだけではありません。いちばんは、働く人の健康と生活を守ることです。
長時間労働が続くと、
- 体調を崩しやすくなる
- 判断ミスや事故が増える
- 仕事への意欲や集中力が落ちる
- 将来のキャリアの選択肢が狭まる
といった影響が、じわじわ出てきます。
こうしたリスクを抑えるために、「1日・1週間に、どれくらいまで働いてよいか」という時間の「上限ライン」が決められている、とイメージしてください。
2. 「法定労働時間」と「所定労働時間」のちがい
「働く時間」の話をするときに、まず区別しておきたい言葉が2つあります。
法定労働時間(ほうていろうどうじかん)
法律が決めている、「1日・1週間に働いてよい時間の上限」です。原則として、
- 1日:8時間まで
- 1週間:40時間まで
これを超えて働かせる場合には、いわゆる「36(サブロク)協定」と呼ばれる協定を結び、労働基準監督署に届け出る必要があります。
所定労働時間(しょていろうどうじかん)
一方で、会社ごとの就業規則などで決められている、「うちの会社の標準的な勤務時間」が所定労働時間です。例えば、
- 勤務時間:9:00〜18:00(うち休憩1時間)=1日8時間
- 週5日勤務=週40時間
ざっくり言うと、法定労働時間=法律上の「これ以上は基本NG」という上限ライン」、所定労働時間=会社が決めた「うちの定時」と考えると整理しやすくなります。
3. どこからが「残業」になるの?
新人の方からよくある質問が、「定時を10分過ぎただけでも残業になりますか?」というものです。
少し分けて考えると、イメージしやすくなります。
- 所定労働時間を超えた分:会社のルール上の「残業」
- 法定労働時間(1日8時間・週40時間)を超えた分:法律上の「時間外労働」で、割増賃金(いわゆる残業代)が必要
実務的には、「定時を過ぎて、業務の指示に従って働いている時間」は、原則すべて労働時間と考えておくと安全です。
そのうえで、タイムカードや打刻システム、勤務管理表などにきちんと記録されているかを、ぜひ意識しておいてください。
4. 「仕事かどうか」曖昧になりやすい時間
トラブルになりやすいのは、仕事なのか、そうでないのか、境目がぼやけやすい時間です。例えば、次のような場面です。
- 上司から「みんなで片づけてから帰ろう」と声をかけられる片づけ時間
- 「新人は早めに来て準備」が、なんとなく“暗黙の了解”になっている朝の準備時間
- 「一応残ってくれると助かる」と言われて残る居残り時間
- 会議が定時後にずれ込み、その後に議事録を作っている時間
形式上は「自主的」に見えても、実際には断りづらい雰囲気があるかどうかがポイントになります。
「やらなくても評価や人間関係にまったく影響がないと言えるか?」と考えてみると、それが本当に自由な判断かどうかが少し見えやすくなります。
5. 休憩と休日も「時間のルール」の一部
働く時間の話をするときは、休憩と休日もセットで考える必要があります。
休憩の基本
労働時間が長くなるほど、会社はきちんとした休憩時間を与えなければなりません。目安は次のとおりです。
- 労働時間が6時間を超える場合:45分以上
- 労働時間が8時間を超える場合:1時間以上
この休憩時間は、業務から完全に離れて自由に過ごせる時間であることが大事です。電話番をしながら、来客対応をしながらの「休憩」は、本来の意味での休憩とは言えません。
休日の基本
また、会社は少なくとも、
- 毎週1日、または
- 4週間で4日以上
の休日を与える必要があります。
「何週間も連続で休みがない」「休みの日にも毎回のように出勤を求められる」といった状態は、身体にもメンタルにも負荷がかかりやすく、要注意のサインです。
6. 「おかしいかも?」と思ったときの3ステップ
「うちの働き方、ちょっときつすぎるかも…」と感じたとき、いきなり会社に強く主張する必要はありません。まずは、事実を整理することから始めてみてください。
ステップ1:自分にとっての「ルール」を確認する
次のようなものを確認し、メモしておきます。
- 労働契約書(または労働条件通知書)
- 就業規則や勤務ルール(社内ポータルなど)
ポイントは、所定労働時間(1日の勤務時間)、週の勤務日数、休憩・休日の決まり、残業の指示方法や上限あたりを把握しておくことです。
ステップ2:実際に働いている時間を記録する
次に、リアルな勤務時間を1〜2か月だけでも記録してみます。
- 打刻時間
- メール送信時刻
- 自分でつける簡単な勤務メモ
こうした記録から、「ルール上の定時」と「実際に帰れている時間」の差を見える化していきます。
ステップ3:会社の「36協定」をチェックする
法定労働時間(1日8時間・週40時間)を超えて時間外労働や休日労働をさせるには、会社は「36(サブロク)協定」という協定を結び、労働基準監督署に届け出る必要があります。
社内の掲示板やポータルに掲示されていることが多いので、可能であれば、
- 36協定があるか
- 月にどれくらいの時間外労働を認めている内容か
を確認してみると、「会社としてどこまでを前提にしているのか」が見えてきます。
7. 「まあ5分くらいなら」のグレーゾーンとの付き合い方
ここからは、ルールというより“気持ち”の話です。
「本当はもう定時だけど、キリが悪いからあと5分だけ」
「いちいち5分の残業申請を出すのもなあ……」
こういう場面、正直ありますよね。法律だけで言えば、その5分も立派な労働時間です。とはいえ、秒単位・分単位までガチガチに管理されると、現場としては仕事がやりにくくなることもあります。
ここで大事なのは、「5分をゼロにすること」よりも、5分を“当たり前”にしないことです。
- たまに発生する「今日はここまで終わらせたいから、5分だけ」は、自分の裁量の範囲かもしれません。
- でも、それが毎日10分、15分と積み重なっていくと、本人も会社も「なかったこと」にしているサービス残業に近づいていきます。
ポイントは時間そのものよりも、それが“習慣”になっていないかどうかです。
8. グレーな気持ちと付き合うための3つの目安
「これは自分の裁量の5分かな?」「もう相談した方がいい5分かな?」と迷ったときは、次の3つを目安にしてみてください。
- 頻度:それは「たまに」なのか、「ほぼ毎日」なのか
- 積み上がり:1週間単位で見ると、どのくらいの時間になっているか
(5分×20日=100分、10分×20日=200分…と、意外と大きくなります) - 気持ち:
「自分で選んでやっている」という感覚があるか/「ちょっとモヤッとする」「損している気がする」が続いていないか
この3つのうち、
- 「ほぼ毎日続いている」
- 「1週間で見るとかなりの時間になっている」
- 「モヤモヤや不満がたまってきている」
のどれか一つでも当てはまるようなら、それはもう「さりげない5分」ではなく、仕組みとして見直した方がよいサインです。
9. 原理原則を知ったうえで、「自分のライン」を決めておく
「1分もサービスしないぞ」と構える必要はありません。一方で、「まあ5分だから」と流し続けて、気づいたら毎日30分タダ働き…という状態も、やはり健康にもキャリアにもマイナスです。
だからこそ、原理原則(働く時間のルール)を知ったうえで、自分なりの“ライン”を決めておくことが大切です。
- 「自分の判断で“まあいいか”にするのは、1日◯分・週◯回まで」
- 「それを超えたら、ちゃんと時間をつける/上司に相談する」
と、自分の中で決めておくと、その場の空気や罪悪感だけに流されずに済みます。
法律の知識は、誰かを責めるための武器ではなく、お互いにフェアな前提で話し合うための“物差し”として使ってもらえるとよいなと思います。
10. 今回のポイントです。
- 「働く時間」には、健康と生活を守るための法律上の上限(法定労働時間)がある
- 会社ごとに決める所定労働時間(定時)との違いを知っておくと整理しやすい
- 定時を過ぎて指示に従って働いている時間は、原則すべて労働時間
- 休憩・休日も「時間のルール」の大事な一部
- モヤモヤしたら、「ルール」「実際の記録」「36協定」の3点を整理してみる
- 「まあ5分くらいなら」を完全否定するのではなく、習慣化していないか、自分が納得できているかを定期的に振り返る
- 原理原則を知ったうえで、自分のラインを決めておくことが大事
すべてを完璧に覚える必要はありません。
ただ、「働く時間には、守られるべきルールがある」こと、そして「モヤモヤを“なんとなく我慢”で終わらせない」
次回予告
次回は、「働いた分の“お金”のルール(賃金・残業代・割増賃金)」について整理します。
「手取りって何?」「残業代ってどうやって計算されているの?」といった疑問に、一つひとつ触れていきます。
